内耳疾患のページ

○先天性難聴
頻度:欧米からの報告では、出生時には1000人あたり1.9名、4歳では2.7名
原因疾患:欧米のデータでは、出生時はGJB遺伝子変異によるものが21%を含めて遺伝性のものが68%、先天性CMVが21%
                    4歳時はGJB遺伝子変異によるものが15%を含めて遺伝性のものが61%、先天性CMVが25%
・先天性CMV(cytomegalovirus)感染は経胎盤的に胎児に感染する。
 生下時に明らかな症状をもつものは、CMV感染者の5〜10%であるが検査をすると6〜16%の小児に両側性の高度感音性難聴が起こることがわかった。
 また、先天性CMV感染による難聴の40%は出生時の聴力は正常であっても、進行性に聴覚を失う。これを防ぐために、抗CMV剤であるガンシクロビンを用いた治療の研究が進められている。
  (専門医通信 第96号 錫谷達夫 の要約 2008.9.23記)

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○突発性難聴
 突発性難聴はある日突然に発病する原因が不明、または不確実な感音難聴で、一種の症候群である。
1)原因
 内耳の血流障害説、ウイルス感染説が有力であるが、種々の病態が考えられている。
2)症状
 難聴・耳鳴・めまいは発症後短時間のうちに出現し、経過中に増悪することは少ない。
 1)難聴:オージオグラムの型は水平型・聾型・高音障害型・低音障害型などさまざま。
 2)耳鳴:約90%に合併し、ときに極めて頑固で難治である。
 3)めまい:約30%に合併し、オージオグラムが聾型とか高音障害型のように高音部の障害が強い場合に合併する割合が高い。
3)診断基準(突発性難聴診断の手引き 1973年厚生省研究より)
T. 主症状
 1)突然の難聴:文字通り即時的な難聴、または朝、目が覚めて気づくような難聴。ただし、難聴が発症した時“就寝中”とか“作業中”とか、自分がそのとき何をしていかたかが明言できるもの。
 2)高度な感音難聴:必ずしも“高度”である必要はないが、実際問題としては“高度”でないと突発難聴になったことに気づかないことが多い。
 3)原因が不明、または不確実:つまり、原因が明白でないこと。
U. 副症状
 1)耳鳴:難聴の発生と前後して耳鳴を生ずることがある。
 2)めまい、および吐き気・嘔吐:難聴の発生と前後してめまいや、吐き気・嘔吐を伴うことがあるが、めまい発作を繰り返すことはない。
【診断の基準】
 確実例 T. 主症状、U. 症状の全項目をみたすもの。
 疑い例 T. 主症状の1)、2)の事項をみたすもの。
【参考】
 1) recruitment現象の有無は一定せず。
 2)聴力の改善、悪化の繰り返しはない。
 3)一側性の場合が多いが、両側性に同時に罹患する例もある。
 4)第[脳神経以外に顕著な神経症状を伴うことはない。
3)診断基準その2 (厚生労働省特定疾患急性高度難聴調査研究班. 2012年)
主症状
 1.突然発症
 2.高度漢音難聴
 3.原因不明
参考事項
 1.難聴(参考:隣り合う3周波数で各30dB以上の難聴が72時間以内に生じた)
  (1)文字通り即時的な難聴、または朝、目が覚めて気づくような難聴が多いが、数日をかけて悪化する例もある。
  (2)難聴の改善・悪化の繰り返しはない
  (3)一側性の場合が多いが、両側性に同時罹患する例もある
 2.耳鳴
  難聴の発生と前後して耳鳴を生ずることがある。
 3.めまい、および吐気・嘔吐
  難聴の発生と前後してめまい、および吐気・嘔吐を伴うことがあるが、めまい発作を繰り返すことはない。
 4.第8脳神経以外に顕著な神経症状を伴うことはない
診断の基準:主症状を全事項をみたすもの
4)重症度分類(1998年厚生省班研究より)
 Grade 1) 40dB未満
 Grade 2) 40dB以上60dB未満
 Grade 3) 60dB以上90dB未満
 Grade 4) 90dB以上
 注.1 聴力は0.25、0.5、1、2、4 kHzの5周波数の閾値の平均とする。
 注.2 この分類は発症後2週間までの症例に適用する。
 注.3 初診時めまいのあるものではaを、ないものではbを、2週間を過ぎたものでは'をつけて区分する。(例:Grade3a、Grade4b')
5)治療
T. 安静と休養
 1)睡眠を十分に取り、仕事のストレスを避ける。
 2)精神的および肉体的安静(できれば入院)。
U. 薬物療法
a)ビタミン剤: ビタミンB12が末梢神経疾患に効果があるといわれている。[一般名]メコバラミン(500μg)3錠、3×食後
b)代謝賦活剤:ATP製剤が神経細胞の代謝を助け、効果があるといわれている。アデホスコーワ細粒3.0g(300mg)、3×食後、またはアデホスコーワ(60mg)3錠、3×食後
c)循環改善剤:血液循環を助け、神経細胞に酸素を供給するとともに、老廃物を除去する。ケタス(10mg)3錠、3×食後、または、セロクラール(20mg)3錠、3×食後
d)ステロイド剤:ステロイドは末梢循環安定作用などいろいろな作用があるので、急性期に使用する。デカドロン6錠、またはプレドニン6錠より漸減、を用いているが、デカドロンのほうが効くという印象あり。

V. 特殊な治療法
@アミドトリゾアート療法:宮崎医大名誉教授の森満保が1974年に報告している。ある患者にCT検査を行う前に、造影剤ウログラフィン(アミドトリゾアート)のテストのため、テスト液2mlを静注したら、たちどころに聴力が改善したという症例があり、他の患者にも行ったところ効果があったということである。森満によれば、めまいがなく難聴が高度でない症例に有用ということである。通常は、病院の放射線部に行って、余っているウログラフィンテスト液アンプルをもらってきて、1日1回、点滴治療の際に側注する。私も研修医の頃、散々やりましたが、それほど効果はなかったような気がします。
AL-V療法:ループ利尿剤(ラシックス=Lasix)によって併用薬剤の内耳液への移行を促進させる方法で、ビタミン=Vitaminとしてメコバラミン(メチコバール等)を用いる。私は行った経験はない。
B高気圧酸素療法:1973年三宅が報告した。高気圧タンクに患者を入れ、高気圧の酸素を吸入させることにより、組織中の酸素分圧を高め、神経細胞を賦活しようというもの。名古屋大方式では、2気圧、60分を1回の治療とし、連日行うという。適応は、first choice ではないが、scale out もしくは、それに近い高度難聴症例において、5〜7病日を過ぎても基本的治療などでは回復しなかった症例に、特に適応としているということである。その治療期間は、ステロイドよりは長期間行うが、それでも発症後、大体1ヵ月が限度であると考えているそうである。特殊な設備が必要なので、私は経験ない。
CプロスタグランディンE1:プロスタンディン注 1回60μg + 生理食塩液 500mL 1日1回 点滴静注 7日間。プロスタグランディンE1の末梢血管拡張作用を期待して行う。私の経験では、あまり効果がないような気がする。
Dバトロキソビン(デフィフブラーゼ):突発性難聴に唯一健康保険適応のある薬剤である。製剤原料はヘビ毒といわれ、静注することにより、血中フィブリノーゲンが明らかに低下するため、1日おきに採血して、フィブリノーゲンを定量し、デフィブラーゼの使用量を調整していかなければならないので、入院での使用が原則である。副作用による死亡例が報告されているので、慎重に使用することが望まれる。私は、発売当時に使用した経験があるが、かなり効果があったような印象をもっている。
E星状神経節遮断(SGB):頚部の星状神経節に局所麻酔剤のキシロカインを注射して、交感神経を一時的に麻痺させ、頭部の血管拡張を誘発し、循環を改善する。その効果を認めるという報告もあるが、誤って動脈内に注入することがあり、数秒間の痙攣症状が出ることがあるが、安静にて回復する。私も勤務医の頃、よく行ったが、煩雑な割りに効果がなかったような気がする。
F炭酸ガス吸入法:5%炭酸ガス(0.5L/分)と95%酸素(9.5L/分)の混合ガス吸入を毎日60分行う。血中の炭酸ガス濃度が上昇すると、脳の血管拡張が起こり、酸素が効率よく供給されるという原理である。私も大学病院勤務時、行ったことがあるが、それほど効果はなかったような気がする。
G極超短波療法:1975年渡部が報告した。
9)聴力回復の判定基準
(1984年厚生省班研究より)
T. 治癒(全治)
 1)0.25、0.5、1、2、4 kHzの聴力レベルが20dB以内にもどったもの
 2)健側聴力が安定と考えられれば、患側がそれと同程度まで改善したとき
U. 著明回復
 上記5周波数の算術平均値が30dB以上改善したとき
V. 回復(軽度回復)
 上記5周波数の算術平均値が10〜30dB未満改善したとき
W. 不変
 同じくの値が10dB未満の変化
10)予後を左右する因子
T. 治療開始時期が早期のものほど予後良好(14日以内の初診)。
U. 聴力低下の軽度なものほど予後良好。
V. 一般に低音部は高音部より回復がよい。聴力型で予後のよいのは低音障害型で、聾型は治癒する例が少ない。
W. めまいを伴うものは聴力型や聴力低下が同程度のめまいを伴わないものより予後がやや不良。
X. 10〜30歳で予後良好。61歳以上で予後不良の傾向。
Y. 予後は1/3が治癒(早期で中等度難聴なら50%)、1/3が10dB以上の回復、1/3は不変である。
補:早期診断・早期治療が大原則であり、回復の期待できるゴールデンタイムは発症後だいたい1ヵ月、あるいはせいぜい2ヶ月くらいまでである。
11)COCHRANE LIBRARYによる治療に関するレビュー(喜多村健:日耳鼻117、62-63.2014)
・抗ウイルス薬のアシクロビルの有効性は認められていない。
・循環改善・血管拡張薬については、治療効果は証明されていない。
・鍼治療、抗酸化薬、鼓室内ステロイド投与の有効性については、データの解析結果は記されていない。
・突発性難聴発症2週間以内の高気圧治療は、難聴については有意な有効性を示し、耳鳴も改善する可能性を示唆している。
・ステロイドの有効性は確定されていない。
12)感音難聴の診断と治療 -治療について- 和田哲郎:日耳鼻121:1146-1151,2018 より
・ステロイドパルス療法が行われることがあるが、複数の報告通常量のステロイド治療と比べて効果に差がなかった。
・投与期間延長による上乗せ効果については、治療効果は発症後2週間を過ぎると低下すると考えられており、長期投与で回復率が高まることは考えにくい。
・Grade 2 の症例で外来治療と入院治療を比較した結果でも有意差は認められていない。
・ステロイドの経口と鼓室内投与の比較試験で、両者に差がないとする報告や併用した群も差がみられないとする報告がある。
・突発性難聴のように比較的短期間で投与が終了となる場合には、B型肝炎再活性化を起こす可能性は決して高くないと考えられ、大部分の症例でステロイド治療の必要性が優る。現時点では、免疫抑制・化学療法により発祥するB型肝炎対策ガイドラインで示されている感染ステータスの検査ならびにモニタリングをすべてのステロイド投与者に行うべきというコンセンサスには至っていない。
・高気圧酸素療法の効果については一定の件かいは得られていない。
・Grade 3 以上の重症例では、PGE1の併用により治療効果が高まる可能性、特に、女性、65歳以上の高齢者、めまいを伴う、発症3日以内の症例に有効性が示された。
13)私の治療方針
・初診時に「2/3の人は完全には治らないので、万全を期して、できれば入院治療することが望ましい」と説明するが、一側耳の難聴くらいでは、なかなか入院する人は少ないのが現状である。
・聴力検査は、1日おきに行っている。
・4〜5日目の聴力検査で回復傾向がみられない症例は、難治である。再度、「このまま治療を続けても治る可能性は少ないと思いますが、このまま治療を続けますか、それとも病院で精密検査を受けてみますか」と説明すると、多くの方は病院紹介を希望する。
処方例)
1)内服
   メチコバール(500μg) 3錠
   アデホス(60mg)     3錠 (またはアデホス顆粒 3g) 注:錠剤のほうが力価は低いが、内服しやすい。
   メリスロン(12mg)     3錠 (またはセロクラール(20mg) 3錠)
     分3 毎食後
   デカドロン        6錠
     朝食後3錠、昼食後2錠、夕食後1錠  1〜5病日
   デカドロン        4錠
     朝食後2錠、昼食後1錠、夕食後1錠  6〜10病日
   デカドロン        3錠
     分3 毎食後                10〜15病日
2)点滴 (毎日外来通院ができる場合は、内服に追加して、点滴治療を併用する。最大限行っても14日で終了する。)
   リプラス3号 200mL  注:昔は低分子デキストランLを使用していたが、健康保険適応症でないということで、維持液を使用するようになったが、改善率にはあまり差がないような気がする。
   アデホス注(40mg) 1A
   ソル・コーテフ(100mg) 1V  注:以前は最初の4日間、300mg使用していたが、あまり効果に差がないようなので、ずっと100mgで行っている。
 
      (平成23年5月26日 記)

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○小児突発難聴

頻度 患側 聴力型
心因性難聴 13/20
一般に女児に多い
すべて
一側性
水平型、皿型 ・5例に外傷のエピソードがあった。
・純音聴力検査→DPOAE(歪成分耳音響反射)→ABR を検査する
ムンプス難聴
(不顕性感染)
2/20 すべて
一側性
・IgM抗体陽性(初感染後2〜6ヵ月間は高値)により診断
・不顕性感染によるムンプス難聴では聴力が回復した例が報告されている
前庭水管拡大症 5/20
女性にやや多い
80%が
両側性
4例が高音漸傾型、1例が水平型
低音域のA-B gap を伴う高音障害型
・全例に難聴発症時にめまいを認めた。
・2例に聴力変動あり。
・前庭水管拡大は1例のみ両側、4例は一側性
・一側性4例のうち2例は以前より対側に高度の難聴があった。

(泰地秀信、守本倫子: 日耳鼻 115: 676-681, 2012 より)

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○急性低音障害型感音難聴
 急性低音障害型感音難聴は原因不明で回転性めまいを伴わず、しばしば再発する原因不明の感音難聴である。
 男女比は1:2〜3.0と女性に多く、好発年齢も30歳代と若い。
 約7割が治癒し、聴力の予後は良好であるが再発が多く、一部は典型的なメニエール病に移行する。難治例、反復例など治療に苦慮する症例も存在する。
 上気道炎、精神的ストレス、過労、睡眠不足などが先行することがある。
○病態
  感冒、ストレス、疲労が誘因となって、蝸牛循環障害が生じる可能性がある。低音部に対する蝸牛内責任領域が蝸牛循環系としては末梢側にあたる頂回転であることから蝸牛循環障害が原因である可能性も指摘されている。

  急性低音障害型感音難聴 診断基準
(厚生労働省難治性聴覚障害に関する調査研究班 2017年改訂)
 主症状
1.急性あるいは突発性に耳症状(耳閉感、耳鳴、難聴など)が発症
2.低音障害型感音難聴
3.めまいを伴わない
4.原因は不明

参考事項
1.難聴(純音聴力検査による聴力レベル)
 @低音域3周波数(0.125kHz,0.25kHz,0.5kHz)の聴力レベルの合計が70dB以上
 A高音域3周波数(2kHz,4kHz,8kHz)の聴力レベルの合計が60dB以下
2.蝸牛症状が反復する例がある
3.メニエール病に移行する例がある
5.軽いめまい感を訴える例がある
6.時に両側性がある

確実例:主症状のすべて、および難聴基準@、Aをみたすもの
準確実例:主症状のすべて、および難聴基準@をみたし、かつ高音域3周波数の聴力レベルが健側と同程度のもの

急性低音障害型感音難聴 聴力回復の判定基準
(厚生労働省特定疾患急性高度難聴調査研究班2012年改訂版) 
 1.治癒(全治)
 (1)低音3周波数(0.125kHz,0.25kHz,0.5kHz)の聴力レベルがいずれも20dB以内に戻ったもの
 (2)健側聴力が安定と考えられれば、患側がそれと同程度まで改善したもの
2.改善
 低音3周波数の平均聴力レベルが10dB以上回復し、かつ治癒に至らないもの
3.不変
 低音3周波数の平均聴力レベルの改善が10dB未満のもの
4.悪化
 上記1,2,3以外のもの

○治療
1.治療薬
 
1)副腎皮質ステロイド
  ・循環障害の改善、活性酸素の除去、抗炎症作用、免疫抑制作用を期待し投与される。
  ・投与量については、大量投与が有効との報告と通常量が有効との報告があり、投与量の基準は定まっていない。
   (私は通常量の投与でも有効と考えている)
  ・使用するステロイドを選択する際にミネラルコルチコイド活性を有するステロイド(プレドニンなど)を大量投与すると聴力は一時的に悪化するとの報告があり注意を要する。
  ・発症から数週間以上経過した例においても聴力改善を認めることがある。
  <処方例>
  (1)リンテ゜ロン:4mg/日より4日ごとに1mg/日漸減
  (2)デカドロン:4〜8mg/日より漸減7〜10日間投与
  (3)私はデカドロン3mg/日より5日ごとに1mg/日漸減、15日間投与している。
 
2)利尿剤
  内リンパ水腫を想定し浸透圧利尿剤や炭酸脱水素阻害剤が治療に用いられる。
  <処方例>
  (1)イソソルビド(イソバイド)90〜120ml/日、毎食後
  (2)アセタゾラミド(ダイアモックス)250〜750mg/日、朝食後
  (3)
私は使用しない
 3)ATP製剤、ビタミンB12製剤
  ATP製剤は内耳の微小循環改善、内耳組織の代謝賦活などの作用がある。
  <処方例>
  (1)ATP製剤(アデホスコーワ顆粒)300mg/日、毎食後
  (2)ビタミン製剤(メチコバール)1,500μg/日、毎食後
  (3)
私は脳循環改善剤ケタス3錠/日、毎食後、も併用している。
 
<点滴療法>
  (1)低分子デキストランL250ml + アデホスL コーワ注40mg + ネオラミン・スリービー液(静注用)10mg  5日間投与
     (注:低分子デキストランLは、保険診療では使えません)
  (2)アデホスL コーワ注40〜80mg/日 + 5%ブドウ糖液200〜500ml 7日間
  (3)
私は維持液(リプラス3号)200ml + アデホスL コーワ注40mg + サクシゾン100mg を使用しています。
 <漢方薬>
  (1) 柴苓湯:9g/日、毎食後または食間
  (2)五苓散:7.5g/日、毎食後または食間
○予後
高音部の基準を満たす症例を「典型例」、満たさない高音部3周波数の合計が65dB以上の症例を「非典型例」とし検討したところ
1)典型例の予後は非典型例に比べ有意に良好であった。
2)典型例、非典型例とも初診時聴力障害が軽度なほど予後良好であった。低音3周波数の合計で
 100dB未満 典型例:77.0%、非典型例:72.7%
 100dB以上130dB未満 典型例:65.8%、非典型例:52.0%
 130dB以上 典型例:42.5%、非典型例:27.3%
3)典型例では発症から受診までの期間が短いほど有意に予後良好であった。
 3日以内    典型例:75.5%、非典型例:50.0%
 4〜7日以内  典型例:74.7%、非典型例:43.5%
 8〜14日以内 典型例:56.7%、非典型例:20.0%
 15日以後   典型例:32.9%、非典型例:39.4%
4)典型例では年齢が若いほど予後良好であったが非典型例には年齢との相関はみられなかった。
 30歳未満 典型例:71.4%、非典型例:20.0%
 30歳代   典型例:64.0%、非典型例:42.9%
 40歳代   典型例:58.1%、非典型例:66.7%
 50歳以上 典型例:46.7%、非典型例:37.0%
5)長期予後としては、約60%の症例は発症から4週間以内に治癒または改善している。
6)反復例は25.1%に認められた。反復例の予後は必ずしも悪くない。
 (以上は、福田宏治 佐藤宏昭 MB ENT.192:29-35,2016 より要約したものです)
 (佐藤宏昭:日耳鼻120:P1366-1367,2017)

○薬物療法
1)ステロイド
・動物実験ではミネラルコルチコイド活性を有するハイドロコルチゾン(プレドニン他)を大量に投与すると内リンパ水腫を生じることが知られている。
・副腎皮質から分泌されるグルココルチコイド量はブレドニン換算で2.5〜3.3mg(1/2〜2/3錠)相当で、15mg/日は治療効果が期待でき、プレドニン20mg/日以下の3週間内の投与であれば急に投与を中止してもCRF-ACTHの分泌抑制や多くの副作用は問題とならないとされる。
・外来治療としてステロイドを使用する場合は、通常量あるいは少量で5日以内で反応がみられることが多く、通常は1週間〜10日前後の通常量または少量投与が妥当のようである。
・軽症の糖尿病ではプレドニン30mgの経口投与量では問題となることは少ない。
2)イソバイド
・イソバイド単剤でステロイドを上回る成績は今のところない。
3)ビタミン薬・ATP・その他
・アデホス
・メチコバール
・ハイゼット(自律神経調節薬)が有効という報告もあるが、保険診療では使えない。
(隈上秀高:ENTONI No.100)

○低血圧症例における両側低音部の低下(竹越哲男:漢方の素晴らしさを伝えたい.美蕾2014秋:26-29,2014.)
 両側低音部の同程度軽度低下は低血圧症例(収縮期血圧110mmHg以下)に認められる。低音漸傾型で両側かつ同程度なのが特徴である。低血圧で低音部が低下する理由は二つ考えられる。
@低音部は蝸牛階の頂点(蝸牛動脈末梢)が担当しているが、終動脈であるため、低血圧では末梢の循環が不良になりやすい可能性がある。(伊藤文英:新しいめまいの診断と治療.診断と治療謝.10-16,2011.)
A後迷路性障害による低音部低下が報告されており、低血圧によるHemodynamic-VBIで低音部低下が起こる可能性がある。
・卓見であると思う。

○オレ流のコメント
 蝸牛の中心回転部分に限局した血行障害と考えている。

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○若年発症型両側性感音難聴
○診断基準
 次の3条件を満たす感音難聴のことである。
1. 遅発性かつ若年発症である(40歳未満の発症)。(注:加齢に伴う地揚力の悪化は55歳以降に認められる)
2. 両側性である。
3. 遅発性難聴を引き起こす原因遺伝子が同定されており、既知の外的因子によるものが除かれている。

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○自己免疫性内耳疾患
 1979年、McCabeが提唱した。
1)臨床像
 @突発性あるいは急激に進行する両側性感音難聴、耳鳴、耳閉を伴う。
 A一日に数回の激しいめまい発作
 B発作間歇期は失調症状
 C好発は30〜50歳代の女性
2)診断基準:治療効果による判定を主とする。治療には免疫抑制剤を使用する。
3)検査診断法
 @内耳特異的Tリンパ球の検出
 A自己抗体検出法
 B病理検査
4)治療:McCabeの方法は診断治療に用いた免疫抑制剤を3ヵ月間治療後、predonisoneのみ2週間行い、良好な聴力保持を見たら2週間で漸減する。再発時は初回治療を行う。
5)予後:治療未施行では完全聾となる。Hughの47症例平均2年間(1ヵ月から9年)の治療成績では、聴力の安定が40%、改善は40%、低下が20%と予後はおおむね良好で、めまい、変動聴力、耳閉、耳鳴も多くは改善するという。
(富山俊一:専門医通信 第49号)
○オレ流のコメント
 30年余りの経験の中で、遭遇してことのない疾患である。

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○耳鳴症
 これまでに様々な治療法が考えられていますが、決定打のないのが実情です。
 (参考図書:「耳鳴の克服とその指導」 神崎仁 著 金原出版)
 以前から、聴神経を切断しても耳鳴が消失しない例があることから、中枢に耳鳴の特別な回路ができていることは推測されていた。蝸牛で聴力障害が起こると、障害範囲の特徴周波数をもつ神経線維の自発放電は減少し、その結果、背側蝸牛神経核や下丘での側方抑制の減少が起こり、障害周波数と正常部位との境界に近いニューロンの過活動を起こし、これが耳鳴の原因ではないかと考えられるようになった。(神崎仁:日医雑誌 第132巻 第13号)
・Andersson らは5年間の追跡調査で、中高年者の軽度の耳鳴は40%は消失し、20%は悪化すると述べている。(ENTONI 3No.100 P.11)
○内服療法
 ・循環代謝改善剤(アデホス、セロクラール、ケタス)
   効能:内耳の循環や代謝を改善し、神経の働きをよくする。
 ・ビタミンB12製剤(メチコバール)
   効能:神経に必要なビタミンB12を補給する。
 ・安定剤(セレナール)
   効能:神経を安定させ、休める。
 ・睡眠導入剤(メイラックス、マイスリー、ドラール)
   効能:耳鳴に伴う睡眠障害を改善して、神経を休める。
 ・その他:抗てんかん剤、筋弛緩剤、抗うつ剤、ステロイド剤などを用いることもある。
○キシロカイン静注療法
 方法:局所麻酔剤(静注用2%キシロカイン、男性3ml、女性2ml)を20%ブドウ糖液20mlに混ぜて静注します。
 利点:ほとんどの人で、麻酔剤が効いている間、耳鳴がなくなります。
 欠点:耳鳴のなくなっている時間が2〜3時間と短いのが欠点です。
 評価:一時的にしても、耳鳴が止まりますので、特に耳鳴が強いときには試みてもよいと思います。
短時間ですが、確かに耳鳴がなくなるようです。安全性については、キシロカインアレルギーがなければ、問題ないという文献が出ています。キシロカインで聴力が変わらず、耳鳴だけが一時的になくなるということで、耳鳴の原因を究明する糸口が潜んでいるのかもしれません。私も昔はキシロカイン静注療法をよくやりました。でも、持続時間が短いことと繁雑なため、最近は行っていません。
○キシロカイン鼓室内注入法
 効能:聴神経を直接麻酔して、耳鳴を止める方法です。
 利点:耳鳴の止まっている時間が比較的長いと言われています。
 欠点:注射したあと、めまいがしたり、嘔気がしますので、入院が必要です。
 評価:私は経験がありません。埼玉医科大学平衡神経科などで行われています。試してみたい方は、そちらにご相談ください。
○星状神経節ブロック
 方法:星状神経節にキシロカインを注射して、交感神経の働きを数時間ブロックして、脳の血管拡張を起こし、血流を改善します。
 利点:不明
 欠点:数十回の注射が必要です。
 評価:私も突発性難聴の治療の一環として行ったことはありますが、繁雑な割には効果が期待できないのではないかと思います。
○ステロイド鼓室内注入法
 方法:ステロイド剤を鼓室内に注入する。
 利点:特に副作用はありません。
 欠点:鼓膜穿刺を10回する必要があります。
 評価:耳鳴の持続的改善は54%程度とされています。
私も患者さんの希望で数回行ったことはありますが、ほとんど効果がなかったように思います。
○マスカー療法
 方法:耳鳴の周波数、大きさを調べ、耳鳴の周波数を中心としたバンドノイズを専用の器械などで聞かせます。1日1〜2時間聞くことにより、耳鳴をマスク、抑制する方法です。
 利点:副作用はありません。
 欠点:耳鳴が気にならなくなるのは、雑音を聞いている時と、そのあとしばらくの間だけです。
 評価:器械を用意しなければなりません。根気よくやる必要があります。
私は行ったことはありません。
○高圧酸素療法
 効能:高圧酸素タンクに数時間入って、神経に酸素をたくさん供給して神経の働きを高めます。
 利点:不明
 欠点:大掛かりな装置が必要で、多少の危険性もあります。
 評価:一部の病院で試みられています。
私は行ったことはありません。
○電気刺激療法
 方法:鼓膜に針を刺して、電気で内耳を刺激する。
 利点:一時的に耳鳴が消失するようです。
 欠点:耳鳴の消失している時間が短い。
 評価:苦痛を伴う割に、効果の持続時間が短い。
私は行ったことはありません。
○心理療法
 方法:認識療法(耳鳴をよく理解して、不吉な不安を取り除く)
     リラックス療法[自立訓練法、バイオフィードバック療法](耳鳴発症の引き金になっているストレスを取り除く)
 利点:耳鳴がしていても気にならなくなる。
 欠点:実際に耳鳴がなくなる訳ではない。
 評価:耳鳴のことをよく理解することは大切である。
私は行ったことはありません。
○手術療法
 方法:手術により、聴神経を切断する。
 利点:耳鳴がかなり小さくなる可能性がある。
 欠点:耳が聞こえなくなる。
 評価:完全には耳鳴がなくならないこともあり、最近は行われない。
私は行ったことはありません。
○その他
 ・漢方薬
  牛車腎気丸が有効という報告もあります。
  漢方薬の場合、人それぞれの証に合わせた処方が必要になりますので、漢方医に相談していただくのがよいと考えます。私は牛車腎気丸を使ったことがありますが、あまり効果がなかったように思います。
○TRT療法について
 耳鳴りは、完全に治すのが難しいとされてきました。しかし、アメリカで開発された「TRT」という治療法が、最近日本にも導入されました。TRTによって、「100匹のセミが頭の中で鳴いていたような耳鳴りが、今では1匹に減った」という患者さんもいます。
TRTでは、補聴器のように見える機械を使用します。その機械からは、常に耳鳴りの音域を含む雑音のような音が、耳鳴りよりも少しだけ小さい音量で流れています。その音を1日6時間以上、12ヶ月から24ヶ月聞かせることによって、その音が気にならなくなるように脳をトレーニングするという治療法です。あわせてカウンセリングも行い、8割を超える患者さんが、耳鳴りが改善したといっています。
(ためしてガッテン2004.11.3放送http://www.nhk.or.jp/gatten/archive/2004q4/20041103.htmlより引用)
詳しくはhttp://www.siemens-hi.co.jp/trt/frameset_01.htmlをご覧ください。
長野県では佐藤耳鼻咽喉科医院(松本市平田東3-4-8 TEL0263-58-3341)で行っていますので、ご相談下さい。

・私の治療方針:
 内服療法が簡便かつ持続可能な治療法であるので、ほとんどの場合、内服療法を行っています。印象としては2人に1人くらいは、多少効果あるようですが、全く効果のない場合も多いようです。
 耳鳴はなかなか治らないので、「耳鳴がしていても気にしない」と自己暗示をかける練習をしていくのが、簡単かつ、それなりに効果があると思っています。

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○めまい
0.はじめに
 めまいは前庭半規管の部分的な障害で起こると考える。めまいの診断として、メニエール病、良性発作性頭位めまい、前庭神経炎が有名であるが、一般の診療所の外来を受診するめまいは、ほとんどが「その他のめまい症」であると思う。日常診療では、めまいの患者さんでも10分程度で診療を行わなくてはならない。ここでは、日常診療でそのまま実施できる手技についてまとめてみました。
参考図書
@日本平衡神経科学会 編 「平衡機能検査の実際」南山堂:前庭の解剖から機能、疾患、検査など、まんべんなく書かれているが、ポイントがはっきりしない。
A八木聡明/著 「めまい・難聴・耳鳴」 金原出版:めまいについて平易に書かれているが、ポイントがはっきりしない。
B八木聡明 編 「めまい Q&A」 医薬ジャーナル社:各領域の専門家がテーマ別にわかりやすく書かれており、良著である。
C北原糺 著 「めまいの待合室」 金原出版:患者向けに平易な言葉で書かれているが、最新の知見が述べられており、耳鼻咽喉科医にも役立つ内容である。
D工田昌矢 日研化学 レクチャーシリーズ
E工藤洋祐・城倉健:プライマリケアにおけるめまいの鑑別:Medical ASAHI 2014 July p23-25
F肥塚泉:末梢性めまいの診かた・考えかた:Medical ASAHI 2014 July p26-28
G室伏利久:高齢者のめまい:Medical ASAHI 2014 July p33-34

1.問診
・めまいの性質: 一般に、グルグル回る回転性めまいは末梢性めまいに多く、非回転性めまいは中枢性めまいに多いといわれているが、日常診療でみていると、末梢性めまいにおいては、急性期の強いめまいは回転性であり、慢性期または軽症例のめまいは非回転性である。
・頭痛を伴うめまいは、小脳出血や椎骨動脈解離が疑われるが、末梢性めまい患者もしばしば緊張性頭痛を合併するE
2.検査
・ここでは、一般外来で、行うことができる簡単かつ必要十分と思われる検査について述べるので、正式な検査法ではない。
A.体平衡検査(全般的な平衡機能を調べる検査である。)
1)立ち直り検査(起立した状態で、体の揺れを観察し、全般的な平衡機能をみる。開眼時に比べて閉眼で顕著に平衡障害が増強する場合をロンベルグ陽性という)
a)両脚起立検査: 両足をそろえて起立させる。開眼と閉眼でそれぞれ5秒間行い、身体の動揺の有無、程度、転倒方向、自覚的動揺感を調べる。
b)Mann 検査: 単脚起立で代用できるので行わない。
c)単脚起立検査: 単脚で起立させる。脚力をみる検査ではないので、患者さんのよいと思うほうの脚でやればよい。開眼と閉眼でそれぞれ5秒間行い、身体の動揺の有無、程度、転倒方向、自覚的動揺感を調べる。
○評価:
・両脚起立検査閉眼で動揺がみられる場合は、高度の平衡障害があると考える。逆に単脚起立検査閉眼で動揺がみられない場合は平衡障害がほとんどないと考える。
・前庭障害では、患側への偏倚・転倒傾向、ロンベルグ陽性。両側前庭障害では前後動揺がみられる。
・小脳障害では、開眼時にも平衡破錠が強く、大きく緩徐な動揺、腰部での動揺が著明、後方転倒傾向
・脳幹・脊髄性障害では、後方転倒傾向、前後動揺、膝部での顕著な動揺、ロンベルグ陽性
d)重心動揺検査: 重心動揺計で測定し、コンピュータ処理して、動揺軌跡距離、動揺軌跡面積、動揺速度、周波数分析などを行う。
 動揺を数値で表すことができるので、経過観察には最適の検査法と思われる。
 動揺軌跡距離が最も安定した値が得られる。
2)偏倚を調べる検査(左右の迷路の機能に左右差が生じると、障害側への偏倚が起こる。 偏倚を調べることにより、障害側を推測することができる)
a)足踏み検査: 閉眼して足踏みを行わせ、身体の動揺や、転倒傾向、偏倚などを観察する。
 一般に、回転方向や転倒傾向は患側に向かう。
 迷路機能の左右差を調べるには、有効な検査法であるが、やや煩雑である。
B.眼球運動検査

半規管刺激による眼振の発現についてわかりやすい図があったので引用させていただきました。

半規管刺激による眼球偏倚と眼振(実線が眼球偏倚、点線が眼振)
(鈴木淳一: 内耳反射.日本平衡神経科学会偏: 平衡機能検査の手引き,南山堂による)

○眼振の鉄則
@水平性眼振は外側半規管の障害である。
A回旋性眼振は後半規管か前半規管の障害であるが前半規管の障害はまれである。
B垂直性眼振は中枢性障害である。(両側後半規管障害または両側前半規管障害でも起こりうるが、そういう病態はまずないであろう)
C頭位眼振検査で、方向固定性水平性眼振を認めた場合は、眼振の方向と反対側の半規管麻痺を疑うが、メニエール病発作期は患側向きの眼振を認めることがある。

1)自発眼振:
 眼振の性質    眼振の向き  障害部位 
水平・回旋混合性眼振 発作時には患側向きに出現し、数時間〜半日後には健側向きに変化することが多い。 外側及び前後半規管が複合して障害された状態であり、一側末梢前庭障害を疑う。
純回旋性眼振   片側延髄障害
下眼瞼向き垂直性眼振   小脳虫部の障害
上眼瞼向き垂直性眼振   延髄正中部障害

2)注視眼振検査
眼振が観察される場合は、内耳性めまいの発作期で強い自発眼振が注視下でもみられる場合と、脳幹や小脳の病変が強く疑われる、という。
眼振の性質  眼振の向き  障害部位 
方向固定性眼振   急性の末梢前庭障害
 左右側方注視眼振   小脳や脳幹など後頭蓋窩の異常、脳幹や小脳の広範な障害
 下眼瞼向き垂直眼振   脊髄小脳変性症、アーノルド・キアリ奇形、小脳正中部(虫部)の病変
 上眼瞼向き垂直眼振   中脳障害、小脳虫部前葉や延髄(前位核)の病巣

3)頭位眼振検査
 眼振の性質  眼振の向き  障害部位
方向固定性
頭位眼振(持続性) 
一般的には、眼振緩徐相側が患側のことが多い。  水平・回旋混合性眼振は末梢前庭障害と推測される。
方向交代性
水平性上向性頭位眼振
右下頭位で左向き、
左下頭位で右向き眼振
一側の外側半規管のクプラ結石症、前庭過代償の際にも出現する。
減衰性に乏しい場合は小脳虫部障害の可能性がある。
方向交代性
水平性下向性頭位眼振
右下頭位で右向き、
左下頭位で左向き眼振
両側末梢前庭障害、発作性の場合は、外側半規管型の良性発作性頭位めまい症(半規管結石症)と考えられている。
一般的に眼振やめまいが強い頭位の下(耳)側が患側である。
方向交代性
水平回旋上向性眼振
右下頭位で左向き、
左下頭位で右向き眼振
後頭蓋窩病変(脊髄小脳変性症、頭蓋底陥入症、小脳出血 )
方向交代性
水平回旋下向性眼振
右下頭位で右向き、
左下頭位で左向き眼振
末梢性
垂直回旋性眼振    内耳障害でしばしばみられる。

4)頭位変換眼振検査
 眼振の性質  眼振の向き  障害部位
水平回旋眼振    末梢迷路の障害 
方向交代性
回旋性頭位変換眼振
懸垂頭位と坐位の間で方向が逆転する  発作性の場合は、後半規管型の良性発作性頭位めまい症と考えられる。
一般に懸垂頭位(正面)で回旋性眼振の上極が回転する方向が患側である。 
下眼瞼向き
垂直性頭位変換眼振
 坐位から懸垂頭位(正面)への頭位変換によって、下眼瞼向き眼振 持続性眼振も発作性眼振も中枢性である。
後頭蓋窩の出血や腫瘍、脊髄小脳変性症、アーノルドキアリ奇形に観察される。
小脳下虫部の障害、あるいは後頭蓋窩のびまん性障害を疑う。
高齢者に観察されることがある。

5)迷路刺激検査
@. 温度刺激検査
 当院では、仰臥位、頭部30°前屈とし、20℃、20ml、20秒刺激、フレンツェル眼鏡下に眼振持続時間を測定している。
 判定は、持続時間が3分以上ならば正常、2〜3分であれば軽度低下、2分以下であれば低下としている。もちろん自発眼振のある場合は、それを考慮し、聴力低下の所見等と合わせて、患側を決定している。この検査を厳密にやっても、それほど有用な所見が得られるわけでもないので、この程度の検査方法で十分ではないかと考える。
 冷刺激のみの検査で、10分以上の時間を要するので、一般外来の合間にやる検査としては負担が大きいが、患者さんには耳を刺激するとめまいが起こることが体験できるので、有用な検査であると思う。本検査は、厳密には外側半規管に神経を送っている上前庭神経の機能を調べているといわれる。
6)視刺激検査
@. 視運動性眼振検査
 末梢障害では、ほとんどの場合異常がみられない。 
 小脳・脳幹障害の診断には有用な検査であるが、装置が大掛かりになるため、開業医では困難である。
A. 視標追跡検査
  刺激装置を用いなくても、検者の指先を動かして簡易に検査をすることができる。
 三角波で振幅20°、0.3Hz(つまり約3秒間で一往復する程度の速度) で動かすと正常と異常を振り分けるのに最良であったという。
 異常所見として、階段状眼運動(カクカク)、ノコギリ状眼運動(ギザギザ)がみられる。 軽微な注視眼振がある場合に、ノコギリ状眼運動がみられることがあるが、異常があれば中枢障害と考えている。
 高齢者でしばしば異常がみられるが、これもやはり、加齢による中枢障害があることをうかがわせる。
7)cVEMP(cervical Vestibular Evoked Myogenic Potential)で分かるものは
 1)球形嚢とその求心線維である下前庭神経の障害の診断
 2)球形嚢の内リンパ水腫の推定
 3)末梢前庭器の音刺激に対する感受性増大(Tullio現象)の診断
 4)末梢前庭障害の部位診断
 5)前庭脊髄路病変の診断
8)oVEMP(ocular Vestibular Evoked Myogenic Potential)で分かるものは
 1)卵形嚢と前庭眼反射弓(卵形嚢・上前庭神経-眼反射弓)の機能障害の診断
 2)卵形嚢の機能低下、末梢性前庭障害の患側決定、経過観察に有用
 3)潜時の延長では後迷路、脳幹の障害の可能性の推定
 4)閾値の低下では上半規管裂隙症候群など音響刺激に対する前庭の過敏性を有する病態の存在の推定
9)vHIT(video Head Impulse Test)では
 1)侵襲なくCUS(catch-up saccade)が検出できる。
 2)左右のVOR gainの平均値の算出から半規管機能を客観的に定量化できる。
 3)生理的な半規管刺激法でCPの評価ができる。
 4)全半規管の機能が検査できる。被検者の頭部を受動的かつ急速に水平方向に10°〜20°回旋させれば左右の外側半規管の、被検者の頭部を右方向に45°回旋し、上下方向に10°〜20°動かせば左前半規管と右後半規管の、被検者の頭部を左方向に45°回旋し、上下方向に10°〜20°動かせば右前半規管と左後半規管の機能評価が可能となる。
 5)省スペースで短時間に検査ができる。
 6)肉眼では見えないCUSが分かる。
 7)VOR gainとそなとの2つの指標で評価できる。
 
○末梢性めまいをきたす疾患
 耳鼻咽喉科外来でめまいをみたときに、中枢性めまいを除外する必要があるが、@強い頭痛がないこと、Aしびれ(運動麻痺、知覚麻痺)がないことで、小脳性以外の中枢性めまいをほぼ除外できると考えている。つまり起立歩行が可能であればほぼ末梢性めまいと考えてよい。

1)メニエール病
 症状として「めまい発作の持続は数分ないし数時間であり、同時に耳鳴、難聴が起こる。難聴は、その初期には低音部に始まり、めまい発作と一致して悪化し、めまいの寛解とともに正常に復したり軽快するのが特徴である。しかし、メニエール病の進行に伴い、次第に聴力悪化の程度がひどくなり、めまいの間歇期にも聴力の改善があまり大きく起こらず、高度難聴に固定してしまうようになる。」といわれている。
・めまいは自発性であり、動作などの誘因なしに静止状態にあっても生じるものである。
・回転性めまいの場合が多いが浮動性めまいの場合もある。嘔気、嘔吐を伴うことが多い。
・持続は10分程度以上でさまざまである。
・発作時には水平回旋混合性眼振が観察される。
 いわゆるメニエール病の病態として、内リンパ水腫が認められるとされており、最近の研究で、ストレスによって起こる水代謝の異常が原因で内リンパ水腫が起こるという説が出ている。
 有病率は、人口10万人あたり35〜48人程度で、わが国におけるメニエール病の患者数は、おおむね40,000〜50,000人程度と推測される。発生率は人口10万人あたり6人と推定され、わが国におけるメニエール病の新規患者数は、年間6,000人程度と推測される。(将積日出夫:メディカル・ビューポイントVol.30No.7)

メニエール病診断基準(厚生労働省難治性疾患克服研究事業 前庭機能異常に関する調査研究班2008年度)
T.メニエール病確実例
 
難聴、耳鳴、耳閉塞感などの聴覚症状を伴っためまい発作を反復する。
 (解説)
 
メニエール病の病態は内リンパ水腫と考えられており、下記のような症状、所見の特徴を示す。
○めまいの特徴
 
1)めまいは一般的には特別の誘因なく発生し、嘔気・嘔吐を伴うことが多く、持続時間は10分程度から数時間程度である。なお、めまいの持続時間は症例により様々であり、必ずしも一元的に規定はできないが、数秒〜数十秒程度の極めて短いめまいが主徴である場合、メニエール病は否定的である。
 2)めまいの性状は回転性が多数であるが、浮動性の場合もある。
 3)めまい発作時には水平回旋混合性眼振が観察されることが多い。
 4)めまい・難聴以外の意識障害、複視、構音障害、嚥下障害、感覚障害、小脳症状、その他の中枢神経症状を伴うことはない。
 5)めまい発作の回数は週数回の高頻度から年数回程度まで多様である。また、家庭、職場環境の変化、ストレスなどが発作回数に影響することが多い。
○聴覚症状の特徴

 1)聴覚症状はめまい発作と同時、または発作前、発作後など発作に関連して増強し、めまいの軽減とともに軽快することが多い。
 2)聴覚症状は難聴、耳鳴、耳閉塞感が主徴で、これらが単独、あるいは合併してめまいに随伴、消長する。また、強い音に対する過敏性を訴える例が少なくない。
 3)難聴は感音難聴で、病期により閾値が変動する。また、補充現象陽性を示すことが多い。発症初期には低音域を中心とし可逆性であるが、経過年数の長期化とともに次第に中、高音域に及び、不可逆性となることが多い。
 4)難聴は初期には一側性であるが、経過中に両側性(メニエール病の両側化)となる症例がある。この場合、両側化は発症後1〜2年程度から始まり、経過年数の長期化とともに症例数が増加する。
○診断に当たっての注意事項

 1)メニエール病の初回発作時には、めまいを伴った突発性難聴と鑑別できない場合が多く、上記の特徴を示す発作の反復を確認後にメニエール病確実例と診断する。
 2)メニエール病と同様の症状を呈する外リンパ瘻、内耳梅毒、聴神経腫瘍などの内耳・後迷路性疾患、小脳、脳幹を中心とした中枢性疾患など原因既知の疾患を除外する必要がある。
  これらの疾患を除外するためには、十分な問診、神経学的検査、平衡機能検査、聴力検査、CT、MRIの画像検査などを含む専門的な臨床検査を行い、症例によっては経過観察が必要である。
 3)難聴の評価はメニエール病の診断、経過観察に重要である。感音難聴の確認、聴力変動の評価のために頻回の聴力検査が必要である。
 4)グリセロール検査、蝸電図検査、フロセミド検査などの内リンパ水腫推定検査を行うことが推奨される。
U.メニエール病非定型例
 下記の症候を示す症例は、内リンパ水腫の存在が強く疑われるのでメニエール病非定型例と診断する。
1.メニエー病非定型例(蝸牛型)
 難聴、耳鳴、耳閉塞感などの聴覚症状の憎悪、軽快を反復するがめまい発作を伴わない。
 (解説)
 1.聴覚症状の特徴は、メニエール病確実例と同様である。
 2.グリセロール検査、蝸電図などの内リンパ水腫推定検査を行うことが推奨される。
 3.除外診断に関する事項は、メニエール病確実例と同様である。
 4.メニエール病非定型例(蝸牛型)は、病態の進行とともに確実例に移行する例が少なくないので、経過観察を慎重に行う必要がある。
2.メニエール病非定型例(前庭型)
 メニエール病確実例に類似しためまい発作を反復する。一側または両側の難聴などの聴覚症状を合併している場合があるが、この聴覚症状は固定性でめまい発作に関連して変動することはない。
 (解説)
 1.この病型は内リンパ水腫以外の病態による反復性めまい症との鑑別が困難な場合が多い。めまい発作の反復の状況、めまいに関連して変動しない難聴などの聴覚症状を合併する症例ではその状態などを慎重に評価し、内リンパ水腫による反復性めまいの可能性が高いとと判断された場合にメニエール病非定型例(前庭型)と診断すべきである。
 2.前項において難聴が高度化している場合に、めまいに随伴した聴覚症状の変化を患者が自覚しない場合がある。十分な問診と、必要であれば前庭系内リンパ水腫推定検査であるフロセミド検査を行うなどして診断を確実にする必要がある。
 3.除外診断に関する事項は、メニエール病確実例と同様である。
 4.メニエール病非確実例(前庭型)の確実例に移行する症例は、蝸牛型と異なって少ないとされている。この点からも、この型の診断は慎重に行うべきである。

 人口10万人に対して20から50人程度の患者さんがいるといわれますが、私の20数年の臨床経験で、このような経過を示した患者さんはほとんど経験がなく、メニエール病って本当にあるのでしょうか。

2)
前庭神経炎
 「めまい発症の前の7〜10日前後に上気道感染が先行することが多い。めまいは、通常2〜3日激しい回転性のものが持続し、悪心、嘔吐を伴う。その後、少しずつめまいは軽快していくが、発症から1週間程度は歩行が困難なほどである。発症後3週間位でほぼめまいはおさまるが、体動時や歩行時のふらつきは持続することが多い。」といわれる。
 検査では、61.2%に注視眼振が認められる。頭位眼振検査では96.8%に眼振が認められ、その大部分が定方向性水平回旋混合性眼振である。眼振の方向は、発症直後から健側向き、すなわち麻痺性眼振である。 温度眼振検査では、患側反応の高度低下を示すが、17例中11例で30日以内に反応の回復がみられたという。
 以前感染したがそのまま眠っていた単純ヘルペスT型ウイルスが前庭神経節で活動を始めたために起こると考える説もある。
 発症初期にステロイドを使った積極的治療をしっかり行うと、前庭系機能障害の回復率が高まり、後遺症を残すことが少なくなる。
 激しいめまいを起こすことが多く、入院が必要となるので、一般の診療所で対処するのは困難である。私の見解としては、突発性難聴のような循環障害が前庭神経に起こったものではないかと考える。

3)良性発作性頭位めまい(BPPV)
 「内耳耳石器または後半規管の障害と考えられている疾患で、一定の頭位で、あるいは頭位の変換で回転性のめまいをきたす。 めまいは常に誘発性で、めまい頭位にすると次第に増強し、次いで減衰し消失する。 めまいは普通数秒から、長くとも数十秒位の持続であるが、めまいの誘発を繰り返すとめまいが軽くなったり誘発されなくなったりする。」
 誘因として、長期臥床、頭部外傷、耳科手術などが知られている。右耳が患側である率は左耳より1.4倍高い。後半規管型が最も頻度が高く、次に外側半規管型、まれに前半規管型が存在するといわれている。結石説では、入り込む頻度が最も高いのは起立したとき最も低い位置にある後半規管、続いて外側半規管の順になり、前半規管への入り込みは非常に稀と考えられる。
 原因としては、更年期に伴う女性ホルモン異常、カルシウム代謝異常、ストレスによる内耳・平衡器の血流不全、長期臥床、毎晩同じ向きに寝る、等が考えられている。
・2つの病態が考えられている。
 半規管結石症説:卵形嚢斑の変性により耳石が脱落遊離し、半規管内に迷入し、半規管内を頭位の変化により移動し内リンパ流動によりめまいを生じるとする説。眼振には潜時があり、次第に増強し数十秒程度で減衰し消失することが多い。
 クプラ結石症説:卵形嚢斑の変性により耳石が脱落して後半規管クプラに付着し、重力方向の変化によりクプラが偏位しめまいが生じるとする説。頭位を維持し続ける限りクプラは偏位しているため、潜時は短く、眼振の持続時間は長い。
・責任部位は後半規管が最も多く60〜70%で、外側半規管は30%程度で、前半規管は非常に少なく1%程度といわれている。これは、半規管の解剖学的位置による。つまり、座位でも臥位でも最も下位に位置する後半規管に耳石が集積しやすいためと考えられる。反対に前半規管は最も上位に位置するため、耳石は集積し難い。
後半規管型
T.半規管結石症:頭位眼振と頭位変換眼振検査での陽性率は、両者とも70%以上と高率で、純回旋性眼振が特徴である。 しばしば坐位と懸垂頭位で回旋方向が逆になる方向交代性頭位変換眼振がみられる。半規管結石症の場合、患側は懸垂頭位にて右回旋性眼振(反時計回り)では患側右となり、左回旋性(時計回り)では患側左となる。病歴上、患者側下側頭位でめまいを自覚することが多い。全BPPVの約70%を占め、半規管結石症が大部分である。
 無治療の場合の発症から消失までの平均日数は39日であることから、Epley法を無理に行う必要はない(武田憲昭:日耳鼻120:9-14:2017)
 頭位療法としては、
 Epley法(右側後半規管が病巣の場合)
@懸垂頭位にて頭を右に45度傾ける。約30秒静止させる。
A懸垂頭位のまま徐々に頭を左へ傾けて左下懸垂頭位45度とする。約30秒静止させる。
B身体全体を左側臥位とし、左下頭位からさらに下を向かせる。約30秒静止させる。
C下向き頭位のまま起き上がる。
約80〜90%の症状改善率が報告されている。症状改善に要した日数は、Epley法群(194例)で7.7日間、薬物療法群(38例)で14.1日間であった(大塚康司 日耳鼻122 P243-245 2019)
 Semont法
@座位にて健側へ頭位を45°回転させる。
Aそのままの頭位で患側方向へ急速に側臥位にする。
B同じ頭位のまま急速に健側側臥位まで変換する。
C最後に座位に戻す。
U.クプラ結石症:省略

○外側半規管型
 半器官結石症とクプラ結石症の頻度はほぼ同じである。
T.半規管結石症:水平性下向性頭位眼振(右下頭位で右向き、左下頭位で左向き眼振)で、患側を下にした方が眼振、めまいが強くでる。これは患側下にすると耳石が膨大部方向へ移動し、刺激性となるためである。
 無治療の場合の発症から消失までの平均日数は16日である(武田憲昭:日耳鼻120:9-14:2017)
 頭位療法としては
 レンパート法(右外側半規管が病巣の場合)
@まず頭をベットから上にはみ出すくらいで、仰向けに寝る。約30秒静止させる。
A頭を、左方向へ90度ゆっくり回す。約30秒静止させる。
B頭の方向はそのままで、お腹と背中を上下入れ替え、腹臥位になる。このとき頭は体に対して右を向いていることになる。約30秒静止させる。
C腹臥位のままで、頭を左方向に180度ゆっくり回す。約30秒静止させる。
Dゆっくり起き上がる。
 Lempert法にはevidenceがなく、現在ではほとんど行われていない。
 Gufoni法
@坐位から素早く健側下頭位を取る。
A頭部をすばやく45度、下方に回旋させる。
B2〜3分後に坐位に戻る。

U.クプラ結石症:水平性上向性頭位眼振(右下頭位で左向き、左下頭位で右向き眼振)で、一般的に眼振やめまいが強い頭位の上(耳)側が患側である。
 経過としては、耳石は通常、前庭部の平衡斑で、作られては消えることで新陳代謝をしているので、たとえ何らかの原因ではがれて三半規管に迷い込んだ耳石がめまいを起こしても、平均数週間、遅くとも1カ月程度で消えてしまうので、自然治癒する。
 山本昌彦によると「非常に小さなdebrisは、小片として漂っている場合にはめまいは起こらないが、内リンパ流れが長時間止まるような状態、つまり、睡眠時や長時間の座っての仕事によって次第にdebrisの沈着と固形化が始まる。Debris固形化後、頭が動いたときに重力方向へのdebrisの移動が起こり、めまいを誘発すると考えられる。」
 無治療の場合の発症から消失までの平均日数は13日である(武田憲昭:日耳鼻120:9-14:2017)

〇後半規管Short-arm型:膨大部と卵形嚢との間の距離が短い半規管脚のことであり、そこに卵形嚢班から脱落した耳石が迷入した病態と推測されている。特徴として、患側へのDix-Halpike法で弱い垂直回旋混合性眼振が持続するが、坐位へのDix-Halpike法で逆転する頭位変換眼振が認められない、Epley法の効果が認められない。
〇light cupula:方向交代性下向性眼振が生じるが、外側半規左管型半規管結石症と違い眼振が減衰しない。クプラ結石症と正反対の眼振を示すため、病態はheavy cupulaの反対のlight cupulaと考えられている。頭位治療は無効であるが、1〜2週間で自然治癒することが多い(大塚康司 日耳鼻122 P243-245 2019)

4)遅発性内リンパ水腫
 以前より一側性の難聴がある人で、良いほうの耳由来のめまいが出て、良いほうの耳で、耳鳴、難聴が変動しながら次第に悪化する。メニエール病と同じような原因で起こった内リンパ水腫であろうと考えられている。

5)外リンパ瘻

 鼻を強くかんだり重い荷物を持って力んだりしたとき、中耳圧または髄液圧が急激に上昇し、内耳窓が破裂し、外リンパが中耳腔に漏れ出すことでめまい、難聴が起こる病気です。

6)聴神経腫瘍
 神経のまわりを保護している鞘から発生する良性の腫瘍で神経鞘腫と呼ばれる。腫瘍は前庭神経、特に下前庭神経にできるものが多いが、大きくなる速度が非常に緩慢であるため、めまいを訴えることは少なく、一側の耳の耳鳴や難聴が徐々に進行することが多い。

7)神経血管圧迫症候群
 数十秒から数分程度の短い回転性めまいが、頭の位置とは無関係に立て続けに起こる。前下小脳動脈による聴神経(蝸牛神経と前庭神経)の圧迫にによって起こる。テグレトールが著効をしめすことがある。

8)前庭水管拡大症

 一般に子供の時期に耳が聞こえなくなり、さらにめまいを伴いながら徐々に高度難聴へと進行します。生まれつき前庭水管から内リンパ嚢にかけて著しく拡大している遺伝性の病気です。

9)上半規管裂隙症候群

 生まれつき上(前)半規管を覆っている骨が薄いか欠損しているため、上(前)半規管が髄液腔に接しているため、大きな音を聞いたり力んだりして頭蓋内圧が上昇すると浮動性めまいを感ずるとともに上下に動く眼振が観察される。

10)その他の「めまい症」
 実は、上記の1)から9)までの診断ができない、その他のめまい症が一番多いのかもしれません。

○中枢性めまい(参考)
 中枢性めまいの特徴は、@めまい以外の神経症候(構音障害や複視など)を伴う A視覚や深部感覚による補正が効きづらい、という2点に要約されるE
 中枢性めまいの責任病巣はほとんどの場合、脳幹か小脳である。
 単独めまいを主訴として来院する患者のうち、中枢性めまいの診断となるのは1.7〜3%のみである。
・注視方向性眼振は中枢性である。
・垂直性眼振は中枢性である(下眼瞼向き眼振は両側の後半器官が同時に傷害されないと起こらない。上眼瞼向き眼振は両側の前半器官が同時に障害されないと起こらない)
・頭位眼振検査で方向交代性下向性眼振は中枢性である(外側半器官麻痺では下向性眼振は起こらない)

中枢性めまいの特徴
 障害部位  特徴
 脳幹  眼球運動障害や構音障害、上下肢や顔面の運動障害もしくは感覚障害を伴う
 小脳上部  構音障害や上下肢の小脳性運動失調を伴う
 小脳下部 体幹の小脳性運動失調(起立歩行障害)を伴う 


○末梢性めまいの薬物療法
1.急性期の薬物療法
メイロン:静注(40〜100ml)が行われていて有用であるとの報告も多い。効果は250mLの点滴静注で最も効果が大きいという意見もあります。 ただし、濃度が低下すると抗めまい作用は減弱するため、他の基液に混入して投与すると効果は期待できない。 作用としては、血管拡張作用、虚血による局所アシドーシスの是正、高浸透圧による効果、中枢前庭神経核の活動抑制作用などが推定されています。
トラベルミン・ドラマミン:急性期のめまいに伴う悪心・嘔吐の抑制に有効。
ピレチアの筋注:急性期のめまいに伴う悪心・嘔吐の抑制に有効。
・抗不安剤(セルシン、デパス)と抗ヒスタミン薬(トラベルミン他)との比較試験では、急性期のめまい感の軽減には抗ヒスタミン薬の方が有効であったと報告されている。
メチルプレドニンが急性期の末梢性めまいに有効であったとのevidenceがあり、短期間の投与は有効と思われる。
イソバイド:メニエール病に有効とされる。1日90ml投与は120ml投与と有効率ではほぼ同等で、60ml投与より優れていた。30ml投与ではほとんど効果がない。
2.慢性期の薬物療法
抗めまい薬(セファドール、メリスロン、イソメニール):椎骨動脈や内耳の血流増加作用をもつ。
脳循環改善薬(セロクラール、ケタス):脳梗塞後遺症としてのめまいに適応がある。
末梢循環改善薬(アデホス、カルナクリン):めまいに対する適応がある。

いまだ眼振や回転感覚、動揺感覚そのものを止める特効薬はない。
メリスロン(betahistatine):ヒスタミン類似作用で同様刺激の嘔気をよくせいするとともに血管拡張による内耳循環改善も有する。その治療効果に関しては幾つかの報告があるが、患者の自覚的な抗めまい感覚は工場させるものの平衡機能検査の結果は改善しがたいとされている。
セファドール(diphenidol):抗ヒスタミン作用と抗コリン作用を併せ持つといわれ、前庭刺激による興奮に対する前述の嘔吐抑制作用と、交感神経α受容体と電位依存型Caチャンネルの遮断により椎骨動脈の血流改善をもたらすとされる。これもプラセボとの二重盲検比較試験でめまいの自覚症状における有効性はあるものの平衡機能検査での改善評価は明らかではなかった。
アデホスコーワ(adenosine triphosphate):血管拡張作用による内耳循環改善からめまいの改善をもたらすというATP製剤である。メリスロンとの二重盲検試験で有効性が出ており、さらに容量比較試験では1日量150mgと比較して300mgのほうが有意に改善していた。
イソメニール(isoprotenol):メリスロンとの二重盲検比較試験で有意差なく、メリスロンと同等の抗めまい効果と述べられている。
カルナクリン・カリクレイン(kallidinogenase):プラセボとの非二重盲検試験で有意な効果があった。
メチコバール(ビタミンB12):併用されることがあるがRCTのエビデンスはない。
(野村泰之:病態に応じためまいの薬物療法,日耳鼻 123:p392-396,2020より)

     2010年7月5日 改訂

○トピックス: 良性発作性頭位めまいの再発は喫煙者のほうが少ない?
 当科でBPPVと診断、6ヵ月以上経過を追えた156症例において、喫煙・飲酒習慣とBPPVの再発について検討した156例中、21.8%で喫煙習慣、27.6%で飲酒習慣があり、51例(32.7%)で再発を認めた。再発率は喫煙者の17.6%、非喫煙者の58.4%と喫煙者で有意に低く、1日の喫煙本数の増加に伴い、再発率の減少傾向がみられた。また、飲酒習慣のある症例中30.2%、ない症例中30.9%とほぼ同率であった。(第291回大阪地方連合会:BPPVの再発に喫煙・飲酒は関与するか?;古下尚美 他(大阪市立)
コメント:BPPVにナイクリンが有効かもしれない。(2005.12.22)

○内耳と水代謝とストレス
 抗利尿ホルモン(バゾプレッシン)の受容体が内耳にもあって、内リンパ液の量を増やしたり減らしたりしていることがわかってきました。このホルモンはストレス・ホルモンとも呼ばれ、大脳辺縁系でストレスを感じると、視床下部-下垂体で盛んに分泌され血液中にたくさん出てきます。何らかの原因で内耳にこのホルモンの受容体をたくさんもつ人は、ストレスによって増加したホルモンの影響を大きく受けるため、内リンパ水腫が起こると考えられます。
 メニエール病の治療で、従来は水分は制限したほうがよいといわれていましたが、最近では逆に、水分制限はストレスとなるので、1日2リットル以上の大量の水分を摂るべきであるとの提案もあります。(2009.1.30)

○メニエール病と活性酸素
 内耳で活性酸素が発生するとメニエール病のめまい、難聴に悪い影響を与えるとして、抗酸化薬を使う場合もあります。抗酸化薬であるムコスタが使われます。(2009.1.30)

○メニエール病の中耳加圧療法
 渡辺行雄らは、2001年より米国製の専用中耳加圧装置Meniettによる治療を導入した。
 この治療は開始前に鼓膜換気チューブを挿入し、外耳道入口部のイアカフから5Hzの陽圧パルス刺激(圧力12cm H2O)を与えるものである。刺激時間は5分間、1日3回の治療を行う。当科においては2001年から2008年の間に保存的治療が無効であった16例(遅発性内リンパ水腫を含む)に本治療を施行、めまい係数による評価で著効2例(係数0:13%)、有効13例(同1〜40:81%)、やや有効1例(同41〜80:6%)と良好な有効性を示した。ところで、この装置は米国ではFDA公認の医療機器であるが、本邦では未承認機器であり、輸入手続きが煩雑でかつ高価であるなどの使用上の制限があって、本邦における一般的な治療機器としては問題があった。
 渡辺らは2008年以降、本邦で滲出性中耳炎治療機として使用されている鼓膜マッサージ機による経鼓膜的中耳加圧治療を導入した。本機による治療は、鼓膜換気チューブは挿入せず、外耳道から経鼓膜的に圧刺激を行う。刺激はMeniettと異なり陰陽両極刺激でピーク圧はMeniettと同圧である。なお、この両極圧刺激は鼓膜穿孔耳(チュービングを含む)では禁忌とされている。1回の刺激時間は3分、刺激回数は1日3回である。
 Meniettでは鼓膜換気チューブ経由で正円窓膜から内耳に圧が伝達される。一方、経鼓膜的加圧治療では、1)鼓膜-耳小骨経由で卵円窓、2)鼓膜-中耳圧で正円窓の2つの経路で内耳に圧が与えられるが、このようなパルス圧刺激では、1)の耳小骨経由の圧伝達効果が大きいとされている。なお、中耳加圧治療の有効性の機序は、確定的ではないが内耳に加えられた圧刺激が内リンパ管の疎通性を亢進するlongitudinal flow theoryに関連しているとの考えが有力とされている。
 2008年から2010年の間に保存的治療による難治症例15例に経鼓膜的圧治療を施行した。15例中5例は発作が消失し治療を終了した。他の10例では、めまい係数による評価で著効1例(10%)、有効7例(70%)、やや有効2例(20%)とMeniettと同様の高い治療効果を示した。
 当科では、2001年の中耳加圧治療導入後は手術、前庭機能破壊を行った症例は皆無であった点を付記する。
(日耳鼻116:808-817,2013 より転記)

○メイロンは何故効くか
 最近、痛み、熱、酸などの侵害刺激に対する受容体が、内耳に存在することがわかってきました。その受容体の一つであるTRPV1受容体は、37℃の環境下ではpH6.4以下の酸性状態で活性化されることが知られています。重炭酸ナトリウムの注射により内耳のpHがアルカリ性に傾き、TRPV1受容体の抑制環境を作ることによっても、めまいと関連症状が改善する可能性が考えられます。(2009.1.30)

○高血圧でめまいは起こるか
 めまいは内耳機能が低下するために起こるので、通常は高血圧ではめまいは起こりません。めまいがして、内科受診した際に、血圧を測ったら高かったということで、降圧剤を処方される先生がいますが、これはめまいで興奮したために一次的に血圧が上がっているだけのことが多いようです。
 めまいはむしろ、血圧が急に下がった時に起こります。最近は、高血圧治療で、血圧が低いほど予後がよいということで、強力な降圧療法が行われることがあり、血圧が下がり過ぎて、脳循環障害を起こすことがあります。脳循環障害にもっとも鋭敏に反応するのが前庭器官であり、めまいが起こります。降圧剤の副作用として、必ずめまいがあげられています。降圧剤をたくさん内服している患者さんがめまいを訴えた場合、降圧剤の副作用を最初に考えるべきです。(2009.2.2)

○高齢者のふらつき
 高齢者が「ふらふらする」と訴えても、客観的にはあまりふらふらしているようには見えないことが多い。
 左右の側頭葉にある頭位認識中枢は、頭の位置の動きを全く同じように認識しなければいけないのですが、眼、耳、首、脊柱などから右と左の中枢に伝えられてくる頭位情報がかなり異なっている場合は、右の中枢の認識と左の中枢の認識の間にズレが生じます。このズレを補正するためには迅速な神経連絡が行われており、両者のズレを感じないですむような仕組になっています。めまい老人の場合は、左右側頭葉の中枢間の神経伝導速度が異常に遅いために頭位認識のズレを補正することができず、結果的に自分の頭の位置がどうなっているかわからなくなってふらつきを感じるのです。睡眠不足になりますと伝導速度がさらに遅くなる傾向があります。
   (成冨博章:ドクターサロン 53巻 7月号 2009)

○私の考える末梢性めまい疾患分類(原因別)
 末梢性めまいを起こす原因として、先天性、外傷、感染症、循環障害、腫瘍、その他を想定する。
1)先天性(遺伝性)前庭機能障害:先天性(遺伝性)難聴があるように、先天性(遺伝性)前庭機能障害が存在すると考えるのは自然のことであるが、そういうものが本当に存在するのかは知らない。
2)外傷
・側頭骨骨折
3)感染症
・慢性中耳炎・真珠腫性中耳炎の内耳波及
・内耳梅毒
・ハント症候群(帯状ヘルペスウイルスの感染)
・前庭神経炎(単純ヘルペスウイルスの再活性化?)
4)循環・代謝障害
・前庭蝸牛動脈循環不全(ほとんどのめまい症はここに含まれると考えられる)
・いわゆるメニエール病もこの範疇に含まれるのではないか。
5)加齢によるめまい
・老人性めまい: 加齢に伴い、老人性難聴が起こるように、前庭機能低下が起こると考えるのは自然のことである。難聴に伴い、耳鳴が起こるように、前庭機能低下に伴い、めまいが起こるのも当然のことと考える。高齢者における比較的緩徐に進行する平衡障害であって、障害に著しい左右差を認めないのが特徴であるG
6)腫瘍
・前庭神経の神経鞘から発生する腫瘍として、聴神経腫瘍が有名である。
7)その他
・良性発作性頭位めまい症(座位から右下または左下懸垂頭位への頭位変換で方向交代性回旋性眼振があれば後半器官型、右下から左下頭位への頭位変換で方向交代性水平性眼振があれば外側半器官型)
・変性疾患
・外リンパ瘻


○オレ流のめまい診療
1)問診
@強い頭痛がないこと、Aしびれ(運動麻痺、知覚麻痺)がないことで、小脳性を除く中枢性めまいをほぼ除外できると考えている。
めまいの性状について、フラフラ感か、回転性か、嘔気・嘔吐はあったかを知ることにより、めまいの程度を推測する。
眼振がみられた場合、水平性眼振は外側半器官障害、回旋性眼振は後半器官または前半器官障害を考える。眼振の方向から障害側を推測する。
難聴・耳鳴の合併があるかどうかを知ることにより、内耳障害の範囲を推測する。
ストレス・疲労・睡眠障害がなかったかを知ることにより、誘因となったものを推測する。
2)検査
a)血圧測定: シェロング検査で立位と臥位の血圧の変化を比べればよいが、座位での1回測定で低血圧の有無を調べるだけでも十分に役立つ。不整脈、徐脈傾向がないかをみておくことも大切である。
b)聴力検査: 聴力(感音性)に左右差があった場合、蝸牛の機能低下があると考えられるが、同側の前庭機能に低下があると推測することは、妥当である。
c)立ち直り検査: 両脚起立(Romberg)検査を行う。開眼と閉眼で5秒づつ行う。強い平衡障害がない限り、倒れることはないが、平衡機能低下がある場合、閉眼でフラフラ感を訴えることがある。次に、単脚起立を行う。通常、閉眼で5秒以上倒れなければ、ほぼ正常と考えている。
d)注視眼振検査: 左右上下を注視させたときの眼振の有無を調べる。これで眼振がみられれば、かなり強いめまいがあると推測される。また、指を左右に3秒周期で動かし、眼球運動のスムーズさをみる。スムーズさを欠く場合(カクカク、ギザギサ)は、潜在性の注視眼振があるか、または中枢障害が推測されるが、健常な老人でもしばしばみられる。
e)頭位眼振検査: 問診で、「頭を動かすとめまいがする」という訴えがあった場合に行う。仰臥位左右と前後屈をやれば、ほぼ十分である。眼振が誘発される場合は、三半規管に障害があると考えられるので、眼振の向きから障害部位を推測する。
f)足踏み検査: 50歩程度の足踏み検査をすることにより、障害側を推測することができるが、煩雑なので通常は行わない。
g)温度刺激検査:めまいが三半規管の異常から起こることを患者さんに理解してもらうにはよい検査であるが、時間がかかるので、余裕のある時でないとできない。
⇒以上の検査から、めまいの程度、障害側を推測するが、所見がはっきりしないことも多い。
3)誘因
 めまい体質(体質的に前庭機能が弱い、乗り物酔いしやすい)の人は、めまい発作を繰り返しやすい。誘因として考えられるのは
@ストレス・疲労
A睡眠障害
B循環障害(低血圧症では、内耳循環障害を起こし易いので、めまいを起こしやすい。高血圧症でめまいを起こすことは、まずないであろう。めまい発作時、高血圧を示すことがあるが、これは精神的緊張からくる二次的なものであろう。降圧剤の効き過ぎから、副作用としてめまいを起こすことがあるので注意が必要である。)
4)治療
・治療はめまいの原因疾患に関係なく、ワンパターンである。所詮、めまいは前庭機能の障害でおこるわけで、神経を回復させる治療である。
・誘因を除去する。これが一番大切である。
・薬物療法
a)ビタミン剤: ビタミンB12が末梢神経疾患に効果があるといわれている。[一般名]メコバラミン(500μg)3錠、3×食後
b)代謝改善剤:ATP製剤が神経細胞の代謝を助け、効果があるといわれている。アデホスコーワ細粒3.0g(300mg)、3×食後、またはアデホスコーワ(60mg)3錠、3×食後
c)循環改善剤:血液循環を助け、神経細胞に酸素を供給するとともに、老廃物を除去する。ケタス(10mg)3錠、3×食後、または、セロクラール(20mg)3錠、3×食後
d)抗ヒスタミン剤:めまい発作時の嘔気、めまい感に効果がある。トラベルミン3錠、3×食後
e)低血圧治療剤:低血圧がめまいの発症に関与していると考えられる場合に投与する。徐脈傾向の低血圧には、リズミックを、頻脈傾向の低血圧には、メトリジンDを投与するが、効果がない場合は変えてみる。
f)ステロイド剤:ステロイドは末梢循環安定作用などいろいろな作用があるので、めまいの急性期に使用するとよいことがある。
デカドロン3錠、3×食後、またはプレドニン3錠、3×食後、を用いているが、デカドロンのほうが効くという印象あり。
g)イソバイド等の高浸透圧利尿剤をメニエール病に用いるという説もあるが、そもそもメニエール病でみられるという内リンパ水腫は、前庭器官の循環代謝障害の結果として生じたものであると私は考えており、高浸透圧利尿剤で内リンパ水腫の軽減をはかっても一時的なもので無意味であると思うし、実際に使用しても効果がないと考えている。
h)めまいを適応症としているメリスロンとセファドールであるが、いかんせん古典的な薬であり、再評価も十分にされておらず、実際に使用してもほとんど効果ないので、私は使用しない。
i)メイロン静注:重炭酸水素ナトリウムが脳の炭酸ガス分圧を高めて、血管拡張作用を起こして、血流をよくして効果が出ると考えられている。2人に1人くらい効果がある場合があるので、試してみる。妊婦にも成分的に問題なく、使用可能と考えている。量が多いほうが効果があるという意見もあるが、施行上、40ml程度が適当と考えている。
j)点滴治療:昔は、低分子デキストランLやグリセオールなどの循環改善剤を基剤に使用したが、保険診療上の制約がきびしくなり、使用できなくなった。現在は、通常の維持液(リプラス3号200mlなど)を使用しているが、それでも効果にあまり差がないようである。内容は
・メチコバール1Aを入れる場合もあるが、必須ではない。
・アデホスL(40mg) 1A
・サクシゾン(100mg) 1A
・メイロン40ml を側注する。
点滴も意外と効果がある。やや重症のめまいの患者さんに勧めているが、効果があったということで、毎日点滴に来られる方もおられます。但し、通常は2週間までで打ち切る。
k)Epley法について: 良性発作性頭位めまい症の患者さんに行うと80%以上の改善率得られるといわれているが、時間がかかるので、一般外来の合間に行うのは困難である。自分でもできるので、希望された場合は、パンフレットを渡して自分で試みてもらう。幸い、このような方法を行わなくても、薬物療法などでも十分治癒すると言われているので、無理に行う必要はないと考えている。
5)経過観察
 再診時は、まず注視眼振をチェックする。眼振があることはほとんどないが、眼球運動のスムーズさに注意する。めまいがよくなると、不思議と眼球運動がスムーズになってくる。前回、頭位眼振が認められた場合は、同じ頭位で眼振があるかどうかチェックする。次に立ち直り検査で全般的な平衡機能を調べて、経過をみる。
6)予後
 ほとんどの患者さんは2週間程度の治療で軽快する。その後は、内服薬のみで様子をみて、徐々に減薬していって終了とする。

     2014年6月23日 改訂

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○外リンパ瘻
 1)概要:内耳リンパ腔と周囲臓器のあいだに瘻孔が生じ、生理機能が障害される疾患が外リンパ瘻である。
 2)診断:2012年度(平成24年)案 外リンパ瘻の診断基準
 1.確実例
  下記項目のうちいずれかを満たすもの。
  (1)顕微鏡、内視鏡などにより中耳と内耳のあいだに瘻孔を確認できたもの。
   瘻孔は蝸牛窓、前庭窓、骨折部、microfissure、奇形、炎症などによる骨迷路破壊部に生じる。
  (2)中耳からCochlin-tomoprotein(CTP)が検出できたもの。
 2.疑い例
  下記項目の外リンパ瘻の原因や誘因があり。難聴、耳鳴、耳閉塞感、めまい、平衡障害などが生じたもの。
 1)側頭骨骨折などの外傷、中耳および内耳疾患(真珠腫、腫瘍、奇形、半規管裂隙症候群など)の既往または合併、中耳または内耳手術など、
 2)外因性の圧外傷(爆風、ダイビング、飛行機搭乗など)
 3)内因性の圧外傷(はなかみ、くしゃみ、重量物運搬、力みなど)
 3.参考
  (1)明らかな原因、誘因が無い例(ideopathic)がある。
  (2)下記の症候や検査所見が認められる場合がある。
   1.「水の流れるような耳鳴」または「水の流れる感じ」がある。
   2.発症時にパチッなどという幕が破れるような音(pop音)を伴う。
   3..外次、中耳の加圧または減圧でめまいを訴える。または眼振を認める。
   4.画像上、迷路気腫、骨迷路の瘻孔など外リンパ瘻を示唆する所見を認める。
   5.難聴、耳鳴、耳閉塞感の経過は急性、進行性、変動性、再発性などであるが、聴覚異常を訴えずめまい・平衡障害が主訴の場合がある。

○顔面神経麻痺
 顔面神経麻痺は大きく末梢性麻痺と中枢性麻痺に分類され、両者の鑑別点は前者では一側の顔面が均一に麻痺するのに対して後者では上眼瞼から前額に麻痺がみられないことである。末梢性麻痺が圧倒的に多く全体の90%以上を占める。*1

●ベル麻痺
1)疫学
・末梢性顔面神経麻痺の約60%という記載と60〜70%という記載がある。
・発症率は10万人あたり20〜30人という記載と30〜40人という記載がある。
・年代としては30〜50歳代に多い。
2)病因
・膝神経節に潜伏感染していた単純ヘルペスT型が寒冷や抜歯などの刺激やストレスにより再活性化し、ウイルス性の神経炎を起こす。単純ヘルペスウイルスは神経細胞内に潜伏感染している、といわれている。
・山形大からの報告によると、ベル麻痺のなかには、単純ヘルペスウイルスT型(HSV-T)再活性化が15.3%、“帯状疱疹のないハント症候群”(zoster sine herpete:ZSH)が14.7%認められるという。完全麻痺例や耳鳴り、難聴、めまいあるいは耳痛などの症状が認められるものはHSV-TもしくはVZVの関与が疑われる。
3)症状
 発症当日は麻痺が軽微でも数日で急に悪化することがあり、発症5日から10日で最悪になり、神経変性も茎乳突孔まで進展する。*1
4)検査
 麻痺発症早期(発症5日以内)に有用な検査は表情筋麻痺スコアとアブミ骨筋反射で、表情筋麻痺スコアは8点以下を完全麻痺、10点以上を不全麻痺と定義している。アブミ骨反射は麻痺が軽い症例では陽性であるが、重症になると消失する。一方、NETやENoGは側頭骨内で障害された神経の変性が茎乳突孔まで進展する麻痺発症6日以降でなければ、その診断的価値がない。*1
・神経興奮性検査(Nerve Excitability Test:NET):専門病院でないと検査できない。
・Electroneurography(ENoG):専門病院でないと検査できない。
・アブミ骨筋反射(SR)は、陽性で経過すれば予後がよいという。
5)治療
 完全麻痺の場合には、神経興奮性検査(nerve excitability test: NET)を行い、無反応の場合には、減荷術を行う、とされているが、早い時期に手術に踏み切るには勇気がいる。手術時期は早いほど有効で、できれば発症2週間以内が望ましいという。
@ステロイド
・ステロイド大量療法では95%以上の高い治癒率が報告されている。
・外来治療では、内服でプレドニン60mg/日を5日間、30mg/日を3日間、10mg/日を2日間で終了する(山形大方式)
・入院治療では、点滴でブレドニン200mg/日を2日間、150mg/日を1日間、100mg/日を1日間、75mg/日を1日間、50mg/日を2日間、内服で30mg/日を2日間、10mg/日を1日間で終了する(山形大方式)
A抗ウイルス剤
・ステロイド単独投与群とで治癒率に有意差はみとめられないとの報告がある。
・不全麻痺では、バルトレックス(500mg) 2錠 分2 5日間、完全麻痺では、 バルトレックス(500mg) 6錠 分3 7日間(山形大方式)
・腎機能障害に注意して使用する。
・すべてのBell麻痺をVZV性と仮定し、高用量の抗ウイルス薬を全患者に投与すれば治癒率が高まると推測されるが、重篤な副作用の増加や医療経済合理性からは許容できない。
・抗ヘルペス薬の作用機序はウイルスの合成障害であり、既に増殖したウイルスニハ無効であるため、発症3日以内の早期投与を心がけるべきである。
B点滴の基剤について
・低分子デキストラン、ヘスパンダー、マンニトールなどを使うという報告があるが、適応症として保険診療では認められていない。
6)私の治療法(外来治療)
a)内服
 @メチコバール(500μg) 3錠
   アデホス(60mg)    3錠
   ケタス          3錠 分3
 Aプレドニン(5mg)   12錠 (朝6錠、昼4錠、夕2錠) 4日おきに漸減 (点滴併用の時は6錠)
 Bバルトレックス    2錠 分2  5日間
b)点滴(できるだけ併用する。)
 リプラス3号(維持液)200ml + アデホス(40mg) + サクシゾン100mg 

5)予後
a)自然治癒率は71%で高度麻痺例では約60%、60歳以上の高齢者では36%、糖尿病合併例では25%の治癒率と報告されている。
A群(内服でプレドニン60mg/日から漸減):88.6%治癒
B群(点滴でプレドニン200mg/日から漸減):97.8%治癒
C群(内服でプレドニン60mg/日から漸減、内服でゾビラックス4000mg/日):94.1%治癒
D群(点滴でプレドニン200mg/日から漸減、点滴でゾビラックス750mg/日):96.3%治癒 (以上、山形大)
b)自然治癒率は約70%で、保存治療の進歩により、95%程度まで向上しているという。とくに発症3日以内に適当な治療をすれば100%に近い治癒率が得られるという。

私は、時に難治な患者さんもいるので、麻痺の程度に関わらず、最初から最大限の治療で臨むべきと考えている。    
6)参考文献
・ENTONI No.100
・羽藤直人:顔面神経麻痺に対する抗ウイルス薬治療のエビデンス. 日耳鼻 117:1292-1293.2014
7)顔面神経減荷術について
 Fisch と Esslenは、骨性の顔面神経管近位側における顔面神経の狭窄が転帰不良の一因であるという仮説を立て、内耳孔の最狭窄部における顔面神経管の開放による顔面神経の減荷術を推奨した。この手法は経中頭蓋窩法を必要とする。発症後14日以内のENoGで90%超の変性がみられ、なおかつEMGで筋活動がみられない患者を対象とした。外科療法群では、手術が有効であることが確認され、同群の91%が正常またはほぼ正常レベルまで回復した。のに対し、非外科療法群の58%に永続的な部分麻痺が認められた。(Laryngoscope,121:1965-1970,2011)

●ハント症候群
1)疫学
・末梢性顔面神経麻痺の約15%
・発症率は10万人あたり約5人
2)病因
 細胞性免疫の低下により、膝神経節に潜伏感染していた帯状疱疹ウイルスが再活性化して生ずるウイルス性神経炎である。帯状疱疹ウイルスは神経細胞周囲のサテライト細胞に主として潜伏感染している。
3)症状
 顔面神経麻痺、耳介の帯状疱疹、第[脳神経症状(めまい、難聴、耳鳴) を3主徴とし、すべてがそろうものを完全型、後2者を欠くものを不全型と称している。発疹は耳介には発現せず舌や口腔内に発現するものが5%存在する。帯状疱疹が現れないものがベル麻痺と診断されている症例の10〜20%存在するといわれ、帯状疱疹が顔面神経麻痺に遅れる症例が約30%存在する。
4)治療
 ベル麻痺に順ずるが、バルトレックス(500mg)は 6錠 分3 7日間使用する。
5)予後
 自然治癒率は30%以下でベル麻痺より悪く、後遺症を残す頻度も高い。早期治療が重要で、発症3日以内にステロイドとアシクロビルを併用投与すれば75%が完治するという。
 
以上は、「新 図説耳鼻咽喉科・頭頸部外科講座」を参考にした。   20009年3月14日

*1:村上信五 日耳鼻115巻2号P118-121

●顔面神経麻痺リハビリテーションの新しい展開
 「神経再生を促進すれば回復する」ということが誤りであり、顔面神経麻痺の治療対象は病的共同運動の予防軽減であり、このためには神経再生を抑制することが大切である。表情筋の役割は、第1に目、口、鼻、耳の顔面開口部を閉鎖することである。ヒトでは第2に感情表出である。神経障害が起こると、早急に回復させるべく顔面神経核の興奮性更新が起こり、開口部の閉鎖促進機序が作動する。感情表出の維持には、むしろ開口部同時閉鎖を抑制する必要がある。神経断裂線維再生時に随意運動と筋短縮を抑制することによって、迷入再生を抑制して病的共同運動を予防軽減することがリハビリテーションの原則である。強力な随意運動を避け、頻回のマッサージを行い、眼瞼挙筋による眼輪筋ストレッチを行うことが基本的手技である。
・3つの神経変性
@脱髄(ニューラプラキシア):軸索断裂(内膜が温存されているので、迷入再生は生じない)
 再生回路形成時間:電気生理学的に伝導ブロックを呈するために、臨床症状は3週間で改善する。しかし、表情筋までの神経伝導遅延回復には3か月を要する。
A遡行変性(血行不全による):軸索断裂(内膜が温存されているので、迷入再生は生じない)、遠位部の表情筋から膝神経節病変へ求心性に変性が生じる。
 再生回路形成時間:再生線維は遅くとも発症から3ヵ月までに表情筋に達する。軽症例では1ヵ月で、中等度では2ヵ月で、重症でも3ヵ月で完治する。
Bワーラー変性:神経断裂(内膜も断裂しているため、迷入再生が生じて、表情筋は過誤支配あるいは病的共同運動が生じる)、膝神経節病変より遠心性に変性が進行する。
 再生回路形成時間:強力な随意運動によって、最速で迷入再生線維は発症4ヵ月で表情筋に到達する。

・神経再生で最も有効な手段は支配筋収縮である。随意的に筋収縮を行うか、不随意的に低周波と呼ばれる神経筋刺激で筋収縮を行っても、効果は同様である。
・内膜下の正常神経線維の再生スピードは1mm/日である。

軸索断裂と神経断裂の鑑別
 ENoG(エレクトロニューログラム):軸索変性が完成する発症から2週間後に行う。茎乳突孔部で神経幹刺激による表情筋の複合筋活動電位(CMAP)を導出して、健側と患側の振幅比を求める。経験的にENoG≧40%の症例では3ヵ月で完治し、4ヵ月以降に病的共同運動はみられない。ENoG=15%の症例では、理論的に85%が軸索変性に陥っている。ENoG≧40%では病的共同運動が出現しないことから、85%の軸索変性のうち60%が軸索断裂であり、残りの25%が神経断裂と考えることができる。

柳原40点法による予後予想
 発症2週間で20点以上であれば、3〜4週間で完治する脱髄型である。
 発症4週間で20点以上あれば、3ヵ月で完治する軸索断裂型である。
 発症8週間経過しても20点に達しない症例は、神経断裂線維を含んでおり、4ヵ月以降に病的共同運動が出現する。この病的共同運動は発症1〜3ヵ月の間に行った強力な随意運動に規定され、4ヵ月以降に顕在化し、8〜10ヵ月でピークに達する。また強力な随意運動を行っていると、筋短縮が先行して口角患側偏位や鼻唇溝深化が出現することがある。ENoG<10%の症例でも、徹底的な表情筋のストレッチングを実施すると、10〜14ヵ月にゆっくりと回復して、筋短縮はなく病的共同運動が少ない表情が実現される。

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